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散っていった少年漫画誌たち①

  • 執筆者の写真: ネカフェ難民シンイチ
    ネカフェ難民シンイチ
  • 2023年4月7日
  • 読了時間: 3分

こんにちは ネカフェ難民のシンイチです。突然ですが、我々が普段目にしている少年漫画は、それまでの数多くの漫画及び漫画雑誌の屍の上に制作されています。今回は、そんな志半ばで散っていったいくつもの少年漫画誌に目を向けていきましょう。





・週刊ぼくらマガジン


 「週刊少年マガジン」が高年齢向けになっていっため、低年齢向け雑誌の穴を埋めるべく、69年、講談社から刊行されたのが「ぼくらのマガジン」です。「週刊少年マガジンの弟分」とされ、幼年向け月刊誌「ぼくら」を改題・週刊化して創刊されました。ヒーローものやSFが中心の雑誌です。

 連載作品は、石ノ森章太郎「仮面ライダー」梶原一騎(原作)・辻なおき(作画)「タイガーマスク」藤子F不二雄「モジャ公」さいとう・たかを「バロム1」タツノコプロ「ハクション大魔王」他、アニメの人気で「週刊少年サンデー」で打ち切り後同誌で復活した「天才バカボン」デビルマンの原型となった永井豪先生の「魔王ダンテ」アメコミからの翻訳の「ハルク」など、結構すごい雑誌です。また、本誌はテレビとのタイアップが大変強力であり、中でも「仮面ライダー」は、圧倒的知名度を持つコンテンツとして大成しました。

 講談社が出す低年齢向け雑誌として創刊され、連載作品にも知名度が多い作品が多いものの、映像作品が高く評価され、漫画まで引っ張ってこれなかったためか、後発の「ジャンプ」「チャンピオン」に、低年齢層の読者を取られ、71年、「週刊少年マガジン」に統合される形で廃刊。テレビとのタイアップ路線は「テレビマガジン」(71年)に受け継がれていきました。




・マンガくん


 そんな講談社の「ぼくらマガジン」に対して、小学館が「週刊少年サンデー」の弟分、「ビックコミック」の子供版として、77年に創刊したのが「マンガくん」です。

 連載作品は、藤子F不二雄「エスパー魔美」水島新司「球道くん」タツノコプロ「ガッチャマン」永井豪「無頼ザキッド」など。上品で薄い形式で登場したものの、明るく健全な作品が多かったためか営業的には厳しく2年で休刊。

 また小学館は「マンガくん」と同年に「てれびくん」を創刊されており、この「てれびくん」は、講談社の「テレビマガジン」に反応した雑誌になっています。




・少年ビックコミック

 

「マンガくん」の意思を受け継いで、79年小学館からより分厚くより少年漫画誌的になって創刊されたのが「少年ビックコミック」です。人気だった「エスパー魔美」なども引き続き連載されましたが、なんと言っても同誌はあだち充先生の「みゆき」の雑誌と言えるでしょう。

 その他の連載作品には、 尾瀬あきら「初恋スキャンダル」柳沢きみお「あ!Myみかん」石ノ森章太郎「サイボーグ009」新谷かおる「エリア88」など。

 87年読者アンケートで、「週刊少年サンデー」より高年齢の読者が読んでいることが判明し、「ヤングサンデー」改題創刊されました。




・少年チャレンジ


 79年、参考書とかで有名な学習研究社から創刊されたのが「少年チャレンジ」です。「少年ビックコミック」が「みゆき」の雑誌ならば、同誌はえびはら武司先生の「まいっちんぐまちこ先生」雑誌と言えます。そのほかの永井豪先生や、いしいひさいち先生、「美味しんぼ」連載前の花咲アキラなどの作品も掲載されています。

 野球漫画誌「どっかんv」(77年)から引き継がれた同誌。創刊号から表紙の情報量が多いですが、内容もてんこ盛りでなんと662ページ。「月刊コロコロコミック」をライバルとして意識した雑誌ですが、「まちこ先生」だけでは生き残れず、2年で休刊となってしまいました。




・少年アクション


 名前から分かる通り双葉社の「漫画アクション」(クレしん、ルパン、この世界の片隅にとかの雑誌)の少年版です。

 水島新司先生のアシスタントだった五十嵐浩吉先生の野球漫画を巻頭に、モンキーパンチ先生の「ルパン小僧」さらに水木しげる、永井豪、横山光輝、手塚治虫などの先生方が作品を掲載。結構ビックネーム揃いな雑誌です。全部読み切りや、隔週刊誌から始めるあたりが、創成期の「ジャンプ」っぽい滑り出しですが、うまくいかず半年で終了。双葉社の少年漫画誌への挑戦は、終わりを迎えました。


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